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吉野編その3

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 今回はマイ・シスター・ミチルンがいなかったので、何もハプニングは起こらないだろうと心安らかに単独取材を続けていたのであるが、何ということだろう。
 私が如意輪堂裏手の後醍醐天皇陵へのお参りを終え、まさに頭を上げたその瞬間、ケータイにメールが届いた。
 こんな時に誰だろうと思って表示を見れば、まさに「南朝好き」ミチルンから「取材はいかがですか?」メールであった。
 余りにも素敵なタイミングだったので、後醍醐天皇陵の写真を送ってしまった。

 左の写真は吉野山の地主神「金峯(きんぷ)神社」。左後方、微かに見えているのが本殿。ここが本来の「金峯山──吉野」である。
 右は「吉野南朝皇居跡」にあった児島高徳の例の文句の立て札(?)。

 私は何を隠そう(全く隠していないが)小学生の頃から、シャーロック・ホームズと楠木正成フリークだったので──シャーロック・ホームズはともかく──宿題などを忘れたりして怒られた時などは、担任の先生に向かってこの文句、
「天、勾践(こうせん)を空(むな)しうする莫(なか)れ、時に范蠡(はんれい)無きにしも非(あら)ず」(結局これはフィクションのようだが、漢詩の意味などは各自で調べて下さい)
 などと言ったりする、まったくもって鼻持ちならない小学生だった。私が当時の担任だったら問答無用でゲンコツを落としていただろう(?)

 などといった懐かしいことまで思い出しながら、無事に取材を終えた。
 毎回そうなのだけれど、やはり現地に足を運ばなくては分からないことが多くあり、今回もとても充実していました。
 さあ。あとは(以下略)

 吉野編、終わり。