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踏みもみず天橋立

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 本日、Megurigamiくんに我が家までやって来てもらって指導を受けたので、おそらく写真の大きさは直っていると思う。
 今回の写真は、丹後国一の宮・元伊勢籠(この)神社の鳥居と昼の月。

 書き下ろしシリーズ第2弾『カンナ 天草の神兵』が早くもゲラになって、我が家にやって来た。
 この一連の作品に関しては、1作目が刊行される以前に2作目を入稿。2作目が刊行される以前に3作目を入稿……という、エンドレス状態に陥っている。チェーン・スモーキングならぬ、チェーン・ライティングだ。実に恐ろしいシステムである。
 こちらは来年1月刊行予定。

 先日は、朝日新聞出版のK東《夜叉編》さんと共に、日本三景・天橋立に行って来た。
 こんな話をすると、
「股覗きの景色はどうでしたか?」
 などと尋ねられるのだが、何を隠そう我々は、天橋立を見ていないのである。
 いや、見たことは見たが、それは遊覧船に乗って通り過ぎただけで、観光客が必ず訪れるという、傘松公園及び、天橋立ビューランドには足も踏み入れていないのだ。
 つまり、あの絵はがきその他で見る光景は目にすることができなかった。
 これはどういうわけなのかというと、ただ単に他に見なくてはいけない場所(神社)が多すぎて、全く観光ができなかったというだけのことだ。
 最も我々は観光で行ったわけではないので当たり前なのだけれど、当日あの場所まで行って、一直線に伸びる天橋立の光景を見なかった旅行者(しかも、初めて訪れた旅行者)は、確実に我々だけだったろうと思う。旅館の人やタクシーの運転手に、とても驚かれた。

 そして翌日も8:30には宿を出発して、一路大江山へ。もちろん、酒呑童子関係だ。
 そして着々と予定をこなすうちに、何やら面白い神社があるといわれ、急遽そちらにも足を伸ばした。
 それは「天岩戸(あまのいわと)神社」という小さな社で、元伊勢皇太(もといせこうたい)神社の側にあるという。
 早速我々はそこに向かったのだが、久しぶりに素敵な体験をした。
 山道を登ったり下りたりして歩いて行くと鳥居があり、ああ、やっとたどり着いたと思ったらそこには、
「本殿遙拝所」
 と書いてある。
 どういうことかと思ったら、清流流れる崖の中腹に本殿が建っていた。
 そして対岸の崖の中腹には、我々の身長の何倍にも達するような大きな岩の割れ目があり、その前には清流がゆったりとキラキラ輝きながら流れている。確かに「天の岩戸」の風景だと思わせられた。
 そこで我々は一旦、遥か眼下に流れる、大きな岩がごろごろしている清流の河原まで下り、さてそこからどうやって本殿に参拝するのかと見上げれば、ゆるやかな崖の斜面に太い鎖が一本垂れている……。
 久々に「来たぞ」と思った。
 以前にA藤《修羅編》さんと行った、茨城の大甕(おおみか)神社にも、そんな場所があったが、あちらはたとえ途中で手が滑って転落しても、地面に落ちるだけなので大した怪我はしないだろう。ところがここは落下したら、ごつごつ岩の河原か、清流の中である!
──ということで、とても楽しくお参りしました。
 その他にも、なかなか素敵な神社をめぐったのだが、それはまた何かの機会に。